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横浜地方裁判所 昭和62年(行ウ)11号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六二年四月二二日付けで、別紙物件目録一ないし四記載の各土地(以下「本件各土地」という。)について、昭和五七年度ないし同六一年度(以下「本件各年度」という。)の固定資産課税台帳の登録価格の修正に関する原告の審査の申出を棄却した決定部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は本件各土地の所有者であり、その固定資産税及び都市計画税の納付義務者である。

2  横浜市長は、昭和六一年九月五日付けで本件各土地について、本件各年度の固定資産課税台帳の登録価格(以下「登録価格」という。)を修正し(以下「本件修正」という。)、これを原告に通知した。

3  そこで、原告は被告に対し、同月三〇日地方税法(以下「法」という。)四三二条の規定に基づいて、〈1〉本件各土地はその利用状況により二つの区画に分けて評価すべきである、〈2〉本件各土地は「ビル・事務所街地区」ではなく「普通商業地区」として評価すべきである、と主張して審査の申出(以下「本件審査の申出」という。)をしたが、被告は、右〈1〉の主張は認めたものの、〈2〉の主張はこれを認めず、同六二年四月二二日別表記載のとおり登録価格を修正(但し、決定の主文上は、基準年度である昭和五七年度及び同六〇年度の価格の修正)する決定(以下「本件決定」という。)をし、同決定は同月二五日原告に送達された。

4  しかしながら、本件決定は左記のとおり違法であるから取り消されるべきである。

(一) 横浜市長は、本件各土地が「普通商業地区」に該当するとして本件各土地の登録価格を決定していたが、昭和五七年度以降はこれが「ビル・事務所街地区」に該当するとして、その評価を変更している。

しかし、本件各土地及びその周辺の土地は「ビル・事務所街地区」として評価する状況になく、右の評価は違法であるから、この点を看過してなされた本件決定は違法である。

(二) また、本件決定には、被告が現地調査をしたこと及び専門機関の価格形成要因の分析などの調査結果を参考にしたことが記載されているが、被告は口頭審理の手続等においてこれらの資料を原告に提示していないから、この点においても違法である。

5  よって、本件決定のうち原告の申出を棄却した部分の取消しを求める。

二  被告の答弁

1  原告の請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4(一)のうち、前段の事実は認めるが、後段の事実は否認し、主張は争う。同(二)のうち、本件決定に原告主張の記載があることは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

三  被告の主張

1  本件各土地を「ビル・事務所街地区」として評価した登録価格については、昭和五七年度及び同六〇年度の各基準年度(市町村等が固定資産の評価の見直しをする年度であり、昭和三三年度から起算して三の倍数の年度を経過したごとの年度をいう。法三四一条六号)においてそれぞれ固定資産課税台帳が縦覧に供され、原告から審査の申出がなく確定している。

2  横浜市長のした本件修正は、同市長が法四一五条一項の規定によって縦覧に供した固定資産課税台帳記載の固定資産の評価(以下「原評価」という。)につき、画地計算の一部及び小規模住宅用地の軽減にかかる軽減率の適用に関する誤謬があったので、法四一七条により基準年度以外において評価額を修正したものであって、原告主張の用途地域の認定に関して修正をしたものではない。

したがって、これを不服としてされる審査の申出における不服理由も法四一七条所定の「類似の土地の価格と均衡を失しない」よう修正されているか否かの点に限られるのであって、本件修正前にした横浜市長の原評価における用途地区の認定の違法を主張することは許されない。

なお、被告は、本件決定において右用途地区の認定の是非について判断しているが、これは被告が行政救済機関であることから、現地調査等の結果に基づいて被告の判断を示して、原告の誤りを指摘したに過ぎず、原告が本訴において右用途地区の認定の是非を主張しうる根拠とすることはできない。

3  また、法四三二条は固定資産税の納税者が固定資産課税台帳に登録された事項について固定資産評価審査委員会に対し審査の申出ができる旨規定し、原告は右規定に基づいて本件審査の申出をしたものであるが、同条は、その但書において、基準年度の価格をもって登録されたものとみなされる基準年度の翌年度(以下「第二年度」という。)又は翌々年度(以下「第三年度」という。)の土地又は家屋の価格については、法三四九条二項一号に定める、地目の変更、家屋の改築又は損壊その他これらに類する特別の事情があるため、同条二項、三項及び五項の各但書によって評価の修正を求める旨申し立てる場合を除いて審査の申出をすることができない旨規定して既に確定した原評価の是非を改めて問題とすることを許容していないのであるから、法四一七条の修正に対する審査の申出においても、当該修正にかかる点に不服の理由が限定されることは明らかである。

4  更に、被告は、口頭審理の手続において横浜市長の答弁書を交付し、現地調査の際も原告の取締役経理部長松田淳良の説明を求めているし、口頭審理外において職権で収集した資料を審査決定の資料とすることは差し支えないのであるから、口頭審理の手続違反をいう原告の主張も理由がない。

5  横浜市長が、本件各土地を「ビル・事務所街地区」として評価したことに違法はない。

(一) 固定資産税における土地の評価は、法により自治大臣の定める「固定資産評価基準」によって行うこととされており、横浜市においては、その具体的な取扱について、右基準に基づいて作成した「固定資産評価事務取扱要領」によって統一的に処理している。

(二) 右の評価は、賦課期日における土地の利用状況と都市計画法八条の規定する用途地域を基礎として、市内全域を用途地区に区分して行うのであるが、用途地区のうち「商業地区」は更に「普通商業地区」、「高度商業地区」及び「ビル・事務所街地区」に区分され、右「ビル・事務所街地区」は、「おおむね、都市計画法八条一項五号に定める防火地域内で、かつ高層建築物(主として五階建て又は絶対高二〇メートル程度以上)が連たんし、当該地区内の建物が主として大規模な店舗、事務所等の用に供されており、最も資本投下量の大きい地区」と定義されている。

(三) 本件各土地を含む地域は、市内有数の商業地域で、大規模な店舗、事務所等の高層建物が連たんしており、「右の「ビル・事務所街地区」に該当する。

四  原告の認否と反論

1  被告の主張1の事実は認める。

2  同2のうち、一段目の事実は認めるが、その余は争う。

3  同3のうち、法四一七条の修正に対する審査の申出における不服の理由が当該修正にかかる点に限定される旨の主張は争うが、その余は認める。

4  同4の主張は争う。

5  同5のうち、(一)及び(二)は認めるが、同(三)は争う。

本件各土地を含む地域は、大規模な店舗、事務所等の高層建築物が連たんしている状況になく、また、本件各土地についても、地上の建物の三階から一〇階は住宅で「ビル・事務所街地区」としての「最も資本投下量の大きい地区」に該当しないばかりか、それに見合う資本の回収も見込まれないのであって、「大規模な店舗、事務所等の用に供されている」とは到底いえないのであるから、このような土地を「ビル・事務所街地区」と認定することは許されない。

6  法は、その四一七条による修正に対する審査の申出について何らの制限を設けていないから、右申出において用途地区の認定に関する点を不服の理由とすることに何らの支障もなく、また、本件各土地を「ビル・事務所街地区」と認定して評価したことは、固定資産の登録価格等に重大な錯誤があるところ、重大な錯誤がある場合にこれを是正すべきは当然であるから、本件修正の違法事由として右用途地区の認定と評価を主張し得るものである。

現に、被告も本件決定において右用途地区の認定に関する原告の主張を門前払いせずに判断しているところである。

7  仮に、用途地区の認定に関する点を不服の理由とすることが原則として許されないとしても、被告自身が本件決定において右事項の判断をしている以上、被告の主張1、2のような主張をすることは禁反言の原則あるいは信義則に反して許されない。

五  被告の認否

原告の認否と反論はいずれも争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  原告の請求原因1ないし3記載の各事実(本件修正及び本件決定の存在)は当事者間に争いがない。

二  そこで、以下、本件決定の適否について判断する。

1  まず、横浜市長が原告所有の本件各土地について「ビル・事務所街地区」に該当するとして評価した価格を基準年度である昭和六〇年度の固定資産課税台帳に登録して縦覧に供し、原告から審査の申出がなくこれが確定したこと、その後右評価(原評価)について画地計算の一部及び小規模住宅用地の軽減にかかる軽減率の適用に関する誤謬のあることが判明したため、同市長において法四一七条の規定により右評価額を修正(本件修正)したこと、これに対し原告が、一画地としての評価及び「ビル・事務所街地区」としての評価の二点を不満として、法四三二条の規定に基づいて被告に審査の申出をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、右各事実と弁論の全趣旨によると、原告は、横浜市長がした本件修正について、その修正にかかる画地計算の一部及び小規模住宅用地の軽減にかかる軽減率の適用は争わずに、本件各土地を「ビル・事務所街地区」として評価した原評価を同市長が改めなかった点を違法として主張するものである。

2  次に、法の定める固定資産税の課税方法及び不服申立の制度について概観してみると、

(一)  法は、昭和三一年度及び同三二年度並びに同三三年度以降三年毎の年度を基準年度と定めたうえ(法三四一条六号)、各基準年度についてのみ固定資産の価格の決定を行うこととし、第二年度及び第三年度については、原則として当該固定資産の価格が基準年度の価格と同一であるとみなし、基準年度における固定資産の価格を基準として課税する方法を採っており(法三四九条)、市町村は、固定資産の状況及び固定資産税の課税標準である固定資産の価格を明らかにするため、固定資産課税台帳を備え(法三八〇条一項)、これに固定資産の価格及び比準価格(後述)等を登録しなければならず(法三八一条)、基準年度の固定資産税については、当該基準年度に実施される固定資産の評価の結果に基づいて固定資産課税台帳に登録された固定資産の価格(基準年度の価格)を課税標準として課税し、第二年度及び第三年度の固定資産税については、直前の基準年度における固定資産課税台帳の登録価格を当該年度の登録価格とみなし、この価格を課税標準として課税することとしている(法三四九条)。

(二)  もっとも、法は、第二年度又は第三年度において新たに固定資産税を課すこととなる土地又は家屋については、右土地又は家屋に類似する土地又は家屋の基準年度の価格に比準する価格で固定資産課税台帳に登録した価格をもって課税標準とし、固定資産について地目の変更、家屋の改築又は損壊その他これらに類する特別の事情が生じたため、基準年度の価格によることが不適当であるとして当該固定資産に類似する固定資産の基準年度の価格に比準する価格を固定資産課税台帳に登録したときは、その価格によると規定する(法三四九条、四〇九条一、二項)ほか、固定資産課税台帳を縦覧に供した日以後において、固定資産の価格等が登録されていないこと又は登録された価格等に重大な錯誤があることを発見した場合においても、市町村長は直ちに固定資産課税台帳に登録された類似の固定資産の価格と均衡を失しないように価格等を決定し、又は決定された価格等を修正して、固定資産課税台帳に登録しなければならず、その場合には、この登録価格が課税標準となり、それと異なる以前の課税を更正することが定められている(法四一七条一項、四二〇条)。

(三)  また、固定資産税の納税者は、固定資産課税台帳に登録された価格等に不服がある場合、固定資産課税台帳の縦覧期日(原則として毎年三月一日から同月二〇日までの間)の初日からその末日後一〇日までの間において、文書をもって固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができ、法四一七条一項に基づく決定又は修正(以下「修正等」という。)の場合にも、その旨の通知をうけた日から三〇日以内に、文書をもって固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができる(法四三二条一項)のであるが、法四一一条二項により固定資産課税台帳に登録されたものとみなされる第二年度及び第三年度の土地又は家屋の価格については、法三四九条二項一号記載の事情(地目の変換、家屋の改築又は損壊その他これらに類する特別の事情)により同条二項、三項、五項の各但書の適用を受けることを主張する場合を除いては、審査の申出をすることができないとされている。

3  これらを総合してみると、法は、基準年度についてのみ固定資産の価格の決定を行い、第二年度及び第三年度については、原則として当該固定資産の価格が基準年度の価格と同一であるとみなして、基準年度における固定資産の価格を基準として課税する方法を採っていることから、基準年度に行われる固定資産の価格についてのみ法四三二条一項所定の期間内に限って不服の申出を認め、第二年度及び第三年度におけるみなし価格については、原則として不服の申出を認めず、例外的に、法三四九条二項一号記載の特別の事情により基準年度の価格を変更すべきことを求める場合に限って不服の申出を認め、右不服の申出がなく所定の期間を経過したときは、もはや固定資産課税台帳の登録内容を争い得ないものとして、早期の確定による課税行政の安定を図っているものと解され、法四一七条一項の修正等についての審査の申出も、固定資産の価格等が登録されていないことを発見して新たに固定資産の価格等を決定する場合には、そもそもそれ以前に確定した登録価格等が存在しないのであるから、基準年度の登録価格等を争う(法四三二条一項)のと同様、主張しうる不服事由にことさらの制限は存しないが、固定資産の登録価格等について新たな修正を行う場合には、固定資産の登録価格等それ自体が一旦適法に確定して争い得ないものとなっているのであるから、当該修正等の当否に限ってこれを争うことが認められているに過ぎないと解されるのである。

したがって、本件修正に対する審査申出において原告が主張しうる事由は、既に確定した原告所有地の登録価格等を修正することの当否に限定されるのであって、それ以外の事情は被告として取り上げる必要がなく、本訴における審理対象も右修正の当否に限られるものというべきである。

4  原告は、法四一七条一項の修正等に対する審査の申出を認めた法四三二条一項の規定に不服事由を修正等にかかる事項に限定する規定がないことを根拠として、法四一七条一項の修正に対して審査の申出をする場合においても、当該修正にかかる事項以外の違法を主張できる旨主張しているが、法四一七条一項の修正は前記のとおり既に確定して争い得ないものとなっている固定資産の登録価格等を登録後例外的に修正するものであるから、当該修正の可否に限って納税者に争う機会を付与するのが手続として合理的であり、たまたま行われた法四一七条一項の修正を契機として、既に確定している固定資産課税台帳の登録内容の全てを改めて争い得るものとすることは、屋上に屋を重ねるに等しく不必要であるばかりか、他の納税者との間の不公平を来し、固定資産課税台帳の登録内容を早期に確定させて課税行政を安定させようとした法の目的にも反するというべきで、採用し難いものである。

のみならず、原告は、固定資産課税台帳縦覧後の不服申立期間に、その主張する違法事由をもって右台帳の登録価格等を争うことができたのであるから、これを再び争わせる必要性も存在しないといえよう。

よって、本件修正に関する以外の事由を本訴において主張しうるとする原告の主張は採用できない。

5  なお、本件審査の申出において原告が違法事由として主張した原評価の「一画地としての評価」及び「ビル・事務所街地区としての評価」の二点は、「画地計算の一部及び小規模住宅用地の軽減にかかる軽減率の適用に関する誤謬がある」としてなされた本件修正の修正自体の可否に関するものではなく、いわば既に確定した原評価を再び争うものであったから、被告としては本来その可否について判断する必要がなかったものであるが、行政救済機関である被告として原告の主張を自ら取り上げて原告の有利に変更したことの効力まで否定すべき理由はないから、これをもって本件決定を違法視することはできない。

また、法は、固定資産課税台帳の登録事項(法四一七条一項により修正等されたものを含む。)について直接市町村長に対して訴えを提起することを認めず、固定資産評価審査委員会に審査の申出をさせたうえ、その決定に対して訴えの提起をすべき旨規定している(法四三四条)が、法四一七条一項による修正等に対する固定資産評価審査委員会の審査決定を争う訴訟において争訟の対象とされるのは、当該修正等の正否(及び当該審査手続の瑕疵の存否)であって、被告が本件決定中で右原告主張の街区認定を否定する判断を加えたからといって、そのことの故に本件訴訟において違法事由として判断すべき範囲が右街区認定の正否にまで拡大するものではなく、右事実をもって当裁判所が本件訴訟において原告主張の街区認定の当否を判断しなければならないとする根拠とし得るものではない。

6  以上のとおり、法四一七条一項による固定資産課税台帳の登録価格等の修正等に対する固定資産評価審査委員会の決定の取消訴訟において裁判所が審査できる違法事由は当該修正等の正否にかかる違法に限られるところ、原告主張の違法事由はこれに当らず、その主張自体において失当なものであり、前記のとおり横浜市長がした本件修正にかかる画地計算の一部及び小規模住宅用地の軽減にかかる軽減率の適用については当事者間に争いがないから、本件決定のうち原告の申出を棄却した部分に誤りはない。

7  更に原告は、被告が現地調査及び専門機関の調査結果にかかる資料を原告に提示していない点において口頭審理の手続の違法がある旨主張しているが、原告が口頭審理の手続において主張した原評価の地区認定の誤りは、前記のとおり被告において審理すべき対象ではなく、仮に、これとの関係において口頭審理の手続の不備が存在したとしても、本件決定を取り消すべき事由とはできないから、原告の右主張はこの点において失当である。

8  してみると、原告の主張するところはいずれも採用できず、横浜市長がした本件修正に違法な点はないから、本件決定のうち本件修正の変更を求めて原告がした審査の申出を棄却した部分は正当なものである。

三  よって、本件決定の右棄却部分の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊 昭 裁判官 宮岡 章 裁判官 今中秀雄)

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